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Vision Pro を覗いてきたよ

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金曜日についに日本でも発売された Vision Pro。事前に予約すれば Apple Store で体験できるデモがあり、せっかくなので覗いてきたよ。

Apple としては空間コンピューティングという言葉を定義してまったく新しいジャンルを開拓する姿勢を見せているが、それを実現するための技術的な手法については従来の VR から続く流れで生まれたものと多くの部分を共有している。

そのため感想を述べるうえでの前提として自分の VR 体験暦を振り返ると、2016 年の Oculus Rift CV1 から始まり、Oculus Quest、Meta Quest 3 と試してきた。すべて Meta(旧 Oculus)の製品だが、これらを試すなかで数年ぶんの進化も課題も感じてきた。

今回の Vision Pro では「Apple だからこそ解決できた」と思わせる部分もあれば「誰がやってもこの仕組みだとこうなるよね」という依然として解決されずに残った課題が共存しているのを感じる。

以下、現時点ではよくある感想の一つかもしれないが、こういう新しい製品を初めて試した感想というのは数年後に読み返すと楽しいものだ。書き残す意味はありそう。

ターゲット顧客

日本円にして 60 万円。円安だからというのはもちろんだけど本国の価格で考えても高価である。いくらハイエンド製品という位置付けでも一般人が買うレベルではない。

高価格帯製品が中心とはいえ大企業しか導入しない業務用途よりも一般消費者をターゲットにしがちな Apple がこの値段でリリースしたのは、手元にあるアイデアを(コストは二の次で)すべて詰め込んでそのうち何を残すのか顧客の反応を見て今後の見通しを立てるつもりのようだし、一般人より先行して入手するであろうソフトウェア開発者たちに本製品が活きる用途を早く見つけてほしがっている側面も大きい気がする。

デモは短い

発売とともに始まったこの体験デモではスタッフが 30 分付きっきりで説明してくれる。それを聞いてゆったりと触る時間がありそうな気持ちでいたが、実際にはとても短く感じられた。

時間枠から選んで指定した予約のはずが現地に到着してからも約 30 分待たされたし、メガネをかけるかどうかなど予約時に事前入力したはずの内容をまた聞かれ、席に着いたらまず体験者の顔の形状に合うパーツを選ぶために顔をスキャンしてから本体の登場を待ち、装着後にもキャリブレーションの行程から始まる。実際に稼働する製品を覗ける時間は明らかに 30 分には満たない。

それでも実物を覗けたのは体験としてよかったというか、ヘッドセット越しの体験というのは自分で装着してみないと何が優れているのか想像しにくいから Apple が人員を割いてまでデモを実施する意義が感じられた。

ちなみに行きたい人は再び行ってもいいらしいので気になる点が出てきたらまた行くかも。でも待たされたくはないな…

パススルー

パススルーは Meta Quest 3 で体験済み。外側のカメラに映っている映像をリアルタイムで内側の両目に見せてまず現実の視界を再現したうえで、空中にヘッドセット側のコンテンツを合成するものだ。

現実世界を取り込む画質はまずカメラの性能に左右されてしまうし、カメラの性能というのは物理法則に縛られるもの。いくら 60 万円の製品だとしてもヘッドセット内部の狭い空間に搭載できるセンサーのサイズなんてたかが知れてる。Apple Store 店内は落ち着いた照明のため普通にノイズ感があった。

その点だけでいうと先に出ている Meta Quest 3 と大差ない印象。ノイズに目を向ければいくらでも気になるし逆にコンテンツに集中していれば気にならないレベルでもある。

もっともパススルーを自然に見せるのはソフトウェア補正のテクニックがいるようで、Meta Quest 3 の登場当初は色合いや歪みに対する違和感があったがアップデートを重ねて自然になっていった経緯がある。Apple は感圧タッチトラックパッドの振動によるボタンフィードバックや AirPods Pro の外音取り込みなど、物理現象を別の手段でシミュレートすることには定評があり、Vision Pro の視界で現実を再現するにあたってもそのあたりの調整は最初から上手くて違和感がなくさすが Apple といったところ。

現実の世界を再現したうえでコンピュータとしての表示コンテンツを合成するわけだが、それをあたかも存在するかのように現実に馴染ませる工夫があり、たとえば架空の物体であるはずのホーム画面アイコンの影が現実のテーブルの上に落ちている。このような工夫は単に現実とのつながりをシームレスに感じさせるだけでなく、ユーザが空間上の位置関係の把握をするうえで役立つものだ。おかげでウインドウを目的の位置に移動させるのが直感的に感じられた。

ハンドジェスチャによる操作

Vision Pro はハンドジェスチャによる操作を特徴としている。ヘッドセット前面のカメラで指の形をリアルタイムに捉え、その動きで操作するものだ。

同じような機能は Meta Quest 3 にもあるが、このシリーズはもともと両手でコントローラを持つこと前提で登場しており、ハンドジェスチャは後から追加された補助的な操作である。Vision Pro ではコントローラなんて付属せず最初からこの操作ありきで UI も設計されている。

Vision Pro のハンドジェスチャは Meta Quest 3 のそれとは似て非なるものだ。後者では操作対象に対して手を向けながらタップやドラッグを行うのに対し、Vision Pro では手や指の位置関係だけでなく視線が UI 上のどこに向いているのかの情報も使用する。マウスでいえばボールの役割を目、クリックボタンの役割を指に分担していることになる。

操作対象に手を向ける必要がないことで姿勢の制約がなくなる。Apple 自身も手を膝に置いたままタップできるメリットをアピールしているし、それを実現するためにヘッドセットの下側にセンサーを配置して手のトラッキング範囲を広げているようだ。

試してみると確かに失敗もすることなく使うことができた。Meta Quest 3 では指を向けていてもタップする瞬間にポインティングが対象物からずれてしまったりしていたので精度だけ見てもそれよりずっといいし、前述のように腕を上げなくていいから楽だ。

ただしここまではタップの話で、ドラッグの操作になると話は別というか視線と指先だけでは完結しなくなる。「視線でポインティングして指を閉じる」までは同じだが、そのまま手をずらすことによってドラッグの移動距離と方向が決まるのだ。これを膝上で最小の指先の動きだけで行おうとするとタップと誤判定されることがあるからどうしても少し手を浮かせて大きめに動かす必要がある。

ハンドジェスチャについて総評するとストリーミングサービスでビデオを選ぶ、あとは視聴時間みたいな使い方だったら快適そうだと思ったけど、Web ブラウズでひたすら遷移しながらテキストを読むみたいな作業においてはスクロールを多用するわけで、あのドラッグ操作(特に縦方向)を何度も繰り返すのは苦痛かもしれないと思った。

縦スクロールつらくない?

長時間作業するならけっきょくキーボードとトラックパッドでしか操作しなくなりそうだというのが正直なところ。そうなったときにあの操作を前提とした、ゆったりした iPad ベースの UI だと物足りない気がする。

となると Mac をストリーミングできるのが便利そうだが、せっかくの M2 チップなのだから(visionOS 内に表示される形で)macOS を直接動くようにしてほしいのが正直な気持ちだ。「中に MacBook 入ってる」と思ったらあの価格にも納得できるかもしれない。

写真

ホーム画面にはほかの Apple 製コンピュータでお馴染みの写真(Photos.app)のアイコンが並んでいて、何枚か写真を見ることができた。

最初にまず普通の写真。さすがに高精細な高級 OLED パネルを使っているだけあって申し分ない感じ。表示性能の良さを実感できた。これまで撮った写真を見返すだけでも楽しそうだ。

次にパノラマ写真。昔から iPhone で撮影できるものの、iPad どころか iMac の 27 インチ 5K ディスプレイで見ても表示サイズが小さくて物足りなかった。サイズの制約がない Vision Pro では高さいっぱいに、しかも少し湾曲してユーザを囲むように表示されて迫力があった。

過去に Theta みたいなカメラで撮った 360° パノラマ写真を VR ゴーグルで見たことがあるけど、現在の技術ではまだまだゴーグルの視野角が狭く、顔を向けないと見えない部分が多いため思ったほど感動しなかった経験がある。iPhone パノラマ写真のほうが解像感もあるしちょうどいいかもしれない。

次に Vision Pro で撮った空間ビデオ。向こう側にいる家族が誕生日ケーキの炎を消すという通常のビデオでもよくある光景だが、原寸大の家族が「そこにいる感じ」で再現されるのは感動的だ。

自分も昔から VR ヘッドセットのこういう用途には注目してきて、VR180 という規格が撮影できる二眼カメラで大切な家族を撮影してきた。VR180 のほうが文字通り撮れる視野が広いものの、逆に少しでもカメラがブレると酔ったりきっちり水平に撮らないと気持ち悪かったりしたので撮影に気を使っていた。これがヘッドセットをかぶって気軽に撮れるのであれば十分にありだと思う。

続けて iPhone 15 Pro で撮った空間ビデオも再生。両目に位置する二眼カメラで撮影できる Vision Pro と異なり iPhone のカメラは隣接しているため、見え方がだいぶ違う。確かに奥行きはあるけどそこにいるかのような実体感は覚えなかったというのが正直な感想。

映画

3D テレビが消滅したいま、せっかく 3D の映画が制作されても家庭でそれを再生する手段はほとんどなかった。ここで iTunes Store 時代から映画を販売する仕組みを持っている強みが出ていて、Vision Pro を持っていれば気軽に 3D 映画を購入して視聴できる。今回のデモにおいてもマリオの映画のいくつかのシーンを抜粋してデモ用に編集した短い映像を見ることができた。

が、確かに立体感はあるけどなぜか形状の凹凸感は薄く、前景、キャラクター、背景、とレイヤーが重なる感じだけがあった。3DS で映像作品を見たときにも同じ感覚を持ったのを思い出す。理由はよくわからないけど、現実世界ほど表面のテクスチャがくっきり見えないのがいけないのだろうか。今回の映像も両目に対して別々の映像を用意しているせいか解像度が低く思えた。これなら 3D じゃなくていいから純粋に解像度高い映像のほうが嬉しいかもしれない。

次に観たのは Apple が制作したという VR180 のデモ用コンテンツ。視野を超える 180° まで映像を引き延ばすと荒く感じがちだが、この映像はハイエンドの撮影機材で 8K 撮影したらしく、これまで観たどの VR180 映像より品質がよかったし Vision Pro の表示品質の高さも活きていたように思える。もっとも VR ヘッドセットの普及率がまだ低い現状では VR180 映像そのものの市場がまだ存在しない(アダルト業界では少しあるそうだけど)ため、ただの技術デモでしかない。

ヘッドセットを活かした立体表現は楽しいけど、現実的に多く入手できて楽しめそうなのは平面のフル HD や 4K ソースなのでその体験もしてみたかった。

EyeSight

Vision Pro ならではの特徴として EyeSight がある。ヘッドセットの外側にもディスプレイが搭載されていて、そこにあらかじめキャプチャしたユーザの顔をもとに目元を再現するものだ。

ヘッドセットそのものを「透明な存在」にして周囲とのコミュニケーションの壁にしないというコンセプトは非常におもしろいし気になっていた。前述の誕生日ケーキで撮影するシーンが Vision Pro 発表時のビデオにも登場していて、家族がわいわいする場所で一人だけ真っ黒なヘッドセットをかぶる光景が不気味だという話が賛否両論を引き起こしたが1、これが上手く機能すれば問題ないはずだ。

今回のデモでは顔のキャプチャはしておらず未体験なのだが2、数ヶ月前にアメリカで購入した知り合いに見せてもらっているのでその感想を。特に語ることもなく結論だけ言うと不気味だった…

空間の使い方

開いたウインドウを空間上の好きな位置に好きなサイズで置ける。ソファに座れば壁一面に広がる大きいスクリーンで映画鑑賞をできるし、作業中には iPhone サイズまで縮めてメインウインドウの脇に置いておける。やろうと思えば自分の上下左右前後をウインドウだらけにしてウインドウに包まれることだってできてしまう。

個人的には「人間が座りながら快適に見続けられる角度は限られている」と思っていて Mac や PC においてもマルチディスプレイが定着することなく生きてきたから、視界を超えて大量のウインドウに囲まれる使い方はあまり便利な気がしない。

もちろん iPad の狭いスクリーンを分割して使うのと比べればサイズそのままで別のウインドウをぽんぽん開けるのは魅力的なので iPad の上位版として見ればありかもしれない。

また、空間というのは自分の手が届く範囲だけではない。部屋を跨いでも位置関係がずれないため、カバンの上に忘れ物リスト、台所にはタイマーを置くといった使い方もできる。ソフトウェアが現実のガジェットと並んで配置される様子はわくわくするし、そういう小物 App を作るのも楽しそうだよね。

重さと装着感

バッテリーが外付けのくせにヘッドセット部分だけでも Meta Quest 3 より重い。「今回は全部盛りでとりあえず出してみよう」という製品だからそこは目をつぶる。

装着感は特に悪いとは思わなかった。すごくいいとも思わなかった。重いから仕方ない。

大事なのはこれが技術の進歩で軽量化したときにどういう世界が来るのかなので現時点であれこれ言っても意味のない部分だと思う。

スタッフとの温度差

またデモの話に戻ると、実はスタッフとは少し温度差を感じた。

順番を待つときの話し相手と実際にデモしてくれたスタッフはそれぞれ別だったが、どちらも「他社製 VR ヘッドセット使ったことありますか?」と聞いてくるわりには「私は触ったことない」と言っていたし、むしろ Meta Quest 3 などを持っていることを伝えたらことあるたびに「他社製品と比べてどうですか?」と質問された。

現時点で本製品は明らかに実験的な立ち位置であり、事前に予約してストアに足を運んでデモを体験しにくるような人は

  1. Apple が新製品を出したことに興味がある人
  2. 技術に興味のある新しもの好き

のどちらか、もしくは自分のように両方だ。

1 だけならともかく、2 のような人は昔から VR 業界に注目しているだろうし、高性能 PC なしで動作するヘッドセットが 10 万円もしないで買える世界に突入した時点でまず購入しているはず。

そこに対して「他社のことはよく知らないんですー」と言われると Apple 愛というよりも逆に「Apple が新製品を出したから説明スタッフとしてこの製品についてとりあえず勉強しました」という低い熱量に見えてしまうし、この先、この製品が VR 業界全体の流れともにどう進化していくのかを想像を広げたい気持ちなんてまったくないんだろうなと思ってしまった。

もちろん Apple Store の店員として求められるであろうことはすべてカバーしてるだろうし「VR 業界に興味がないなんておかしい」なんて言ってしまえばオタクの言いがかりなのだが、現時点でのこの製品に興味を持つ層の何割かが確実に温度差を感じる対応の気がする。

買うのか

買いません。現時点で「これがあれば生活が変わる」と言える決定的な使い方がない。

本製品ではこれまでコンピュータやホームシアターで行われてきた基本的な用途を一通りカバーしていてそれも高い水準に持ってきてはいるが、ディスプレイやテレビ、スピーカーなどをすでに一通り買い揃えて部屋に設置している人がわざわざこれに置き換える理由は特にない感じ。作業環境としても、空間コンピューティングだから作業効率がいいとか快適だとかは現時点では思えなかった。

小型化と軽量化が進み、喫茶店でこれをつけても違和感がない世の中になったら「機材や家具を丸ごと持ち運べる環境」として重宝しそうだけれども。

と言いつつも Apple のことだから期待はしていて「いらんよ、あんな信者専用端末」と言ってた Apple Watch が財布機能がついて手放せなくなったように、何か決定的な使い道があるような気がする。あるかな…


  1. 個人的には撮影機材として一時的に装着するだけならカメラ持ってるのとそう変わらないと思う。家族だったらある程度見慣れた光景だろうし。 ↩︎

  2. そもそも自分からは見えないし。 ↩︎

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